ミッションスクールのみなさんへ

 毎年、新学期を迎える頃になると関西学院中学部・高等部や同志社香里中学校・高等学校、 大阪女学院中学校・高等学校、梅花中学校・高等学校などの学生さんが教会にお見えになります。 学校から言われてしかたなく来られる生徒さんもいらっしゃると思いますが、私たちはみなさんを 心から歓迎します。ほとんどの方は在学中に数回、教科の単位の為に教会に来られるだけでおしまいに なるのでしょうが、それでもキリスト教の教会を知っていただき、礼拝を一緒に守ることが 出来たことはわたしたちにとって大きな喜びです。

 

★信じていなくても教会に行って良いのですか?

 

 教会にはいろいろな方がお見えになります。神様を信じている人、神様を信じたいと思っている人、 みなさんのようなミッション・スクールの学生さん・・・。それぞれの思いで神様に礼拝を捧げます。 「僕は(わたしは)、神様を信じていないし、これからも信じることはないと思う。」と言う人が礼拝に 参加してももちろんかまいません。どんなカタチであれ、あなたの人生を神様がよぎられたのですから。
 神様を信じている人にとって日曜日に教会に来るということは義務ではなく大きな喜びです。 こうした人は毎週神様が教会に招いて下さっていると信じています。「一週間よくがんばったね。 わたしのところにおいで、あなたをいやしてあげよう。」と言う神様の招きを感じます。
 生きていくということは基本的には楽しいことだと思いますが、悲しいことさびしいこと、 気持ちがへこんでしまうこともいっぱいあります。そうした時に家族や友人だけでなく、もっと深い 存在としての神様がいつも一緒にいて悲しみやさびしさを受けとめ、共に泣き慰めて下さることは本当に 大きな喜びです。
もし、可能であればみなさんにもこの喜びを感じて頂きたいと願います。

 

★聖書に書かれていることは全て正しいの?

 

 聖書は「旧約聖書」と「新約聖書」の二つに分かれます。「旧約聖書」はイスラエルが他国から侵略 される苦難の歴史の中で罪を悔い改め救い主を祈り求める姿が描かれており、「新約聖書」は救い主として の主イエスの物語と主イエス以降のキリスト教伝道の歴史が描かれています。聖書は長い期間をかけて 何人もの手によって書かれた書物ですからつじつまの合わない所や訳し間違い、後世の人が意識的に付け加えた 箇所なども含まれていると思います。
 だからと言って聖書が古くいい加減な書物だと言う訳ではありません。神学者バークレーは聖書とは古い レコード(CDが出る前の音楽などの記録メディア)のようなもので、たとえ雑音が入っていてもプレイヤー から聴こえて来る音楽がオペラ歌手の歌声であったりオーケストラの演奏であるように、聖書が語る物語は 紛れもなく神のみ言葉であると述べています。
 小さなことにとらわれることなく、聖書を通し神様が語りかけて下さる御声を正しく聴きとることが 大切だと思います。

 

★聖書を学ぶと映画が良くわかる!?

 

 みなさんはアメリカやヨーロッパの映画を観る機会があると思いますが、こうした国の映画は深い ところでキリスト教の影響を強く受けている作品が多くあります。
 例えば、「ターミネーター2」と言う映画、ご存知ですか?未来世界で人類とコンピューターが戦争を しています。はじめはコンピューターの方が有利だったのですが人類に有能な指導者が現れたことから コンピューターサイドの旗色が一気に悪くなってしまいます。「あいつさえいなければ俺たちの勝利、 間違いなしなんだが!」と言う訳でコンピューターは殺し屋ロボットを過去にタイムスリップさせ、人類の 指導者が子供のうちに殺してしまおうとする内容です。ところでイエス様がお生まれになった時、当時の ユダヤの王様だったヘロデは、救い主がベツレヘムという村でお生まれになると言う預言を聞き、おそれて 生後2才以下の幼児を皆殺しにしますが、たぶん「ターミネーター2」のアイデアは新約聖書のこの記事か ら生まれたのだと思います。
 また、スピルバーグの「ET」の中で、死んでしまった宇宙人のETが突然生き返えるので「なぜ?」と 不思議に思われた方も多いと思いますが、これはイエス様が十字架上で亡くなられてから三日目によみがえられたことから来ています。そういえば主人公の少年が指を怪我した時に、ETが触れると怪我が治る と言うシーンもイエス様の奇跡につながるものがあります。
 こうしたことはアメリカやヨーロッパの人にとっては決まりごとで自然に理解できるのでしょうが、そうした 風土のない日本人には分りにくいのだと思います。聖書を学ぶと映画が良く分かるようになります。